2026年2月16日、私は息子とともにデリーにいた。ニューデリーのBharat MandapamにおけるIndia AI Impact Summit 2026の開幕の日であり、この会合は世界各国の政府関係者、研究者、企業、スタートアップ等を集める大規模国際イベントとして企画され、インド首相府はこれを「世界最大かつ歴史的なAI Impact Summit」と表現した。2025年のStanford Global AI Vibrancy Toolでインドは世界3位とされたことをインド政府も大きく発信しているが、このたびの各種報道も、Google、OpenAI、Anthropic などの世界最先端の生成AIのグローバル企業トップが集まり、世界最大のAIイベントがインドで開催されたとして報じた。
デリーにおける、AIサミットの熱気
空港を出た瞬間の、この独特の匂い、砂塵、スパイス、オートリキシャのエンジン、そして説明不能の「インドそのもの」が混ざったような空気。日本の冬の空気から一気に別の喧騒の文明圏へ移った感覚に、頭より先に身体が納得する。ここには躍動する生命力が満ちている。最先端のAI技術は、こうした中で鍛えられるのかもしれない、とも思う。
UBERタクシーで市内を走ると、私が家族とともにデリーで生活していた5年前にはRajpathと呼ばれていた大統領官邸とインド門を結ぶ大通りが、いまはKartavya Pathになっている。Rajpathは直訳すれば「統治・支配の道」、英国植民地期のKingswayを引き継ぐ権力の大通りだった。それがKartavya Path「義務の道」に変わった。政府はこの空間を、国家が国民を見下ろす場ではなく、国家も国民もそれぞれの責務を果たす共和国の空間として再定義し2022年の改称時、モディ首相は植民地的象徴からの脱却と「国民のduty」を強調した。国民と国家がそれぞれ責務を果たす民主主義の空間であり、インドがいま自らを「国民の義務と参加によって動く国家」として語り直そうとしていることは確かだ。
紀元前2500年の文明と、4500年後のAI
デリーに来ると、毎回国立博物館にも足を運ぶ。今回も息子を連れてインダス文明の展示を見に行った。国立博物館はハラッパー・モヘンジョダロの大規模コレクションで知られ、公式サイトや紹介資料でも、その収蔵の厚みが強調されている。印章、装身具、サイコロや車輪のついた玩具、そしてインダス文明を代表する紀元前2500年の遺物「踊る少女」。ガラスケースの中の小さな少女は、数千年前にこの地に高度な都市文明が存在し人々が生活していたことを、静かに、しかし、圧倒的に語ってくる。
4500年前の都市文明の遺物と2026年のAIサミットが、同じ首都で重なっている。この時間の振幅こそがインドの魅力だと思う。一方には、まだ解読されていない4500年前のインダス文字があり、そのすぐ隣で、生成AIが自然言語を操り世界のグローバルテック企業のトップや政治家が数週間で進歩するAI技術を論じている。この対比は、少々出来すぎているほどに象徴的だ。今回のIndia AI Impact Summit 2026の開会にあたり、モディ首相は、AIを一部の人のための技術ではなく公共のための技術として位置づけた。テーマとして掲げられたのは “Sarvajan Hitaya, Sarvajan Sukhaya”、万人の利益、万人の幸福である。会合の焦点も、単なる性能競争ではなく、経済成長、公共サービス、教育、医療、農業、包摂、安全で信頼できるAIなど、社会実装の文脈に広く置かれていた。そして、何より登壇する顔ぶれが豪華だった。初日にもサプライズで登場し会場警備も大混乱となったモディ首相の登壇はもちろん、GoogleのSundar Pichai、オープンAIのSam Altman、アンソロピックのDario Amodei、ディープマインドのDemis HassabisらのCEO陣が登壇し、フランスのマクロン大統領も名前を連ねた。ここでインドが示したかったのは、単に「AIで経済成長する」ということだけでなく、AIをめぐる国際秩序、規範、包摂的なルール形成においてインドが軸になる、という意思表示である。
インドは、なぜ「AIの母国」と言えるのか
では、インドは本当にAIで世界の先頭に立ちつつあるのか。総合的なAI競争力では、Stanford HAI の Global AI Vibrancy Tool で、2025年時点のインドは米国、中国に次ぐ世界3位とされている。インド政府もこの順位を積極的に発信している。これは、研究、人材、インフラ、活用の総合力で、インドの存在感が急速に増していることを示している。ベンガルールに行けば、世界の主要ITベンダーやテクノロジー企業の研究所、R&D拠点、グローバル能力センターが幾重にも集積している。マイクロソフト、グーグル、IBM、インテル、アマゾンなど、世界のデジタルインフラを支える大企業群が、インドを開発・研究・実装の中核拠点として位置づけてきたことはよく知られている。
さらに日本政府における政策資料の分析を重ねてみると、インドの強みはさらに別の角度から見えてくる。文部科学省の科学技術・学術審議会情報委員会で説明されたJST-CRDS の2025年10月の資料では、2024年時点で「総論文数に占めるAI関連論文数の割合」はインドが19.77%で世界1位とされている。さらに、同資料では AI 関連論文の総数でもインドは60,984 本で、中国に次ぐ水準にあり、米国の60,666 本を上回っていることもわかる。
ここで重要なのは、インドが単にAI専門家を抱えているというだけではなく、AIを研究全体のなかへ深く浸透させている、という点である。情報委員会資料でも、日本が国際潮流に遅れているという危機感の中で、中国やインドを含む各国の投資動向が分析されたが、つまり、インドは「AIを研究し、AIを使い、AIを社会の隅々まで流し込む力」が非常に強い国なのだ。
私はここに、インドを「AIの母国」と感じる理由があると思っている。それは新技術を最初に発明した国という意味ではないが、新技術を社会の毛細血管にまで流し込む国、という意味での母国である。
その社会へのAI活用の土台になるのが、Aadhaar(アーダール/アドハー)だ。Aadhaar は、インド個人番号庁UIDAIが運営する世界最大の生体認証ID基盤であり、2024-25年度の年次報告書では、既存の Aadhaar保有者データベースは約13.3億人規模と発表され、インド国民をほぼ網羅。また、2024-25年度の認証件数は270億件に達したとインド政府は公表している。これは、もはや単なる「IDカード」というより、世界最大のデジタル認証インフラとなっていると言える。銀行、通信、各種サービス、行政からの給付が接続された基盤インフラであり、さらに興味深いのは、この巨大システムを日本の技術が支えていることだ。NECがこのAadhaarシステムに生体認証技術を提供し、指紋、顔、虹彩を組み合わせた最先端の日本の技術が、インドのデジタル公共基盤の奥深くで働いているというのは、まさに日印の協力を象徴する。
インドをこういったAI技術やITの社会活用の「母国」と感じさせるもう一つの良い例が、電子投票の早期からの普及である。インド選挙委員会の資料によれば、EVM は1977年に着想され、1980年に試作、1982年に試験導入され、その後段階的に広がり、2004年の総選挙では全選挙区で使用された。日本で「電子投票」と聞くと、すぐに不安や慎重論が前面に出る。しかしインドでは、巨大な民主主義を回すための現実的な技術として、長年の運用と改善が積み重ねられてきた。
日印協力の現場―日印M2Smartプロジェクトと都市データ活用
この「まず動かし、問題を抱え込みながら改善する」姿勢は、交通や都市のデータ活用にも表れている。
日印科学技術協力の代表的な案件の一つとして筆者も深く関わっていた、名古屋電機工業のJST・JICA の SATREPS による M2Smart プロジェクト。このプロジェクトは、名古屋電機工業、日本大学、東京工業大学、インド工科大学ハイデラバード校やアーメダバード市などが連携し、モバイル端末、交通センシング、ビッグデータ解析、ネットワーク技術を組み合わせて、都市交通の状況をより正確に把握し、公共交通へのモーダルシフトを支える研究開発を進めた。
デリーの道路を見ていると、渋滞、割り込み、バス、オートリキシャ、人、バイクが、まるで非線形方程式の可視化のように絡み合っている。秩序だった都市でのモデル化とも異なるこのインドの密度と複雑性を持つ現場で鍛えられた技術は、別種の強さを持つ。この日印共同研究で培われた高精度の位置情報解析や交通分析の高度な技術は、さらに発展して一般社団法人移動行動イノベーションフォーラム(Mobei Forum : Mobility and Behavior Innovation Forum)に引き継がれ、すでに日本国内において神戸市のバス交通の解析等に応用され、さらには日本のフラッグシップスーパーコンピュータ富岳での利用に向けても検討いただいてる。
多様性の中の統一と、インドならではのAI観
息子と歩いたデリーで、私は何度も、インドという国の時間の重なり方を感じた。
数千年前の文明の遺物があり、二十世紀型の雑踏があり、同時に二十一世紀後半を先取りするようなデジタル国家の実験がある。日本はしばしば「秩序の国」として優れている。しかしインドは、「未完成のまま前へ進む力」において圧倒的だ。AIの時代には、その違いが思いのほか大きいのではないか。完璧な設計図を描いてから始める国よりも、社会の混沌の中でまず動かし、調整し、スケールさせる国が強い場面が増えるからだ。
インドのAIを考えるとき、もう一つ見落としてはならないのが、この国の多言語・多宗教・多民族という文明的条件である。
インドでは、言語や信仰の違いは単なる文化的背景ではなく、行政、教育、医療といった国家の各種運営実務そのものにも深く関わっている。だからこそ、インドにおけるAIは、異なる言語を話し、異なる習俗をもち、異なる価値観を生きる人々のあいだをつなぐ仲介者であることを、あらゆる場面で強く求められている。
ここで思い起こすのが、インドを語る代表的な理念である “unity in diversity 多様性の中の統一” である。これは単なる美辞麗句ではない。近代インドの建国期以来、ネルーらが繰り返し語ってきた国家統合の核心であり、違いを違いのまま抱え込みながら、なお一つの共和国として生きる という理想を示す言葉である。日本ではしばしば、インドは宗教対立の国だという誤解が先に立つが、インドが継続して掲げてきた国家理念は、多様性を認め、それを保ったまま統一を形づくることにある。私は、インド国内でAIが経済効率化の道具ではなく、人と人、社会をつなぐ公共技術として語られやすい理由には、このネルー以来の”unity in diversity 多様性の中の統一”の理念、また、アンベードカルの語った”fraternity 友愛”の思想的背景が脈打っているように思う。
インド政府は2025年11月、電子情報技術省を通じて India AI Governance Guidelines を公表した。そこではAIを単なる産業競争の武器ではなく、安全で、信頼でき、包摂的で、しかもイノベーションを阻害しない形で社会実装するための原則が整理されており、その冒頭から目標を “innovation, adoption, diffusion, and advancement of AI” と置いている。つまり中心語が「禁止」「審査」「認可」ではなく、AIそのものを横断的に規制するEU型のコンプライアンス枠組みを作る発想ともかなり異なる。
EUはAI Actを中核に、リスク分類・義務・監督体制を強く打ち出すコンプライアンス中心。米国は2025年11月のGenesis Mission大統領令がわかりやすいが、規制より民間イノベーションと分野別対応を重視する分散的かつ自由で資本主義的な取組である。中国は生成AI規則やアルゴリズム規制のように、国家主導で迅速にルールを敷く中央集権的統制モデルの色が濃い。米国がAIを合理主義的で競争的な経済フロンティアとして、中国が中央集権的な管理の発想と国家能力として鍛えているとすれば、インドはそれを、“unity in diversity” を壊さずに支える公共技術 として育てようとしているように見える。多様性を一つに塗りつぶすのではなく、多様性を多様性のままつなぐための知的基盤としてAIを位置づけている点に、インドらしさがある。
その意味で、インドのAIは単なるツールではなく、人と社会のあいだに立つパートナーへと進化する可能性を秘めている。私はそこに、ヒンドゥー教や仏教を生み、多様な思想と共同体を抱え込みながら歴史を積み重ねてきたインド文明の奥行きを感じる。そして、その方向性においてこそ、今も人間中心の価値を掲げ、公共性を重んじてきた日本は、インドと深く響き合える余地をもっているのではないか。
日本とインドが、共につくる「みんなのためのAI」
ベストシーズンとされる2月のデリーの快適な空気の中で、私はあらためて思った。
これから日本がAI for Scienceやデジタル公共基盤、都市データ活用を本気で進めるなら、インドは「学ぶ相手」であると同時に「共につくる相手」でもある。しかもそこでは、日本の強みである信頼性、精密な現場実装、長期的な品質管理等が生きてくる。逆にインドの強みは、規模、実装速度、社会実験の大胆さ、そして新技術を現場の熱の中で回してしまう力にある。インドのスケールと熱気、日本の精度と持続性。その組み合わせは、次の時代の世界の標準を生むのではないか。
AIの未来は、デリーの雑踏の中で、Aadhaarの認証端末の前で、電子投票機の積み重ねられた運用の歴史の中で、ハイデラバードやアーメダバードの交通データの現場で、そして Bharat Mandapamの混雑した通路の中で、次の時代を動かすプロトコルはすでに形を取り始めている。そのように考えると、今回の滞在で私が感じた「AIの母国」という言葉は、決して誇張ではなかったのだと思う。
そして私は、今回の息子と歩いたデリーの街でひそかにこう願っていた。いつか彼の世代が新しい時代の「みんなのためのAI」を日本とインドで一緒に形づくれますように、と。
栗原 潔(くりはら・きよし)
2005年、文部科学省に入省。
科学技術政策、AI、データ戦略を中心に、経済産業省や環境省などでも勤務し、英国マンチェスター大学ビジネススクール留学。
2018年から2021年までは、3人の子ども(当時3歳〜12歳)とともに家族でデリーに暮らし、在インド・ブータン日本国大使館の一等書記官として日印間の連携推進に従事。滞在中にはインド国内21の州、24の世界遺産を訪れ、毎年ガンジス川での沐浴を欠かさなかった。
帰国後は内閣官房を経て、現在は文部科学省・計算科学技術推進室長として、次世代スーパーコンピュータ戦略の立案と推進に取り組んでいる。
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