スマナサーラとダライ・ラマの般若心経
スマナサーラはスリランカから来た上座部の長老で、若い時、駒澤大学に留学して道元について研究し、1994年に日本テーラワーダ仏教協会を設立した。先日、初めて協会のウェーサーカ祭に参加したが、多数のボランティアが協力し、日暮里サニーホールが満席なので驚いた。
有志がお布施するため、昼食のお弁当付きで会費は無料である。再生成ったサンガ新社が出店をしているほか、それに負けないような立派な施本を無料で配布している。263ページもある『日常読誦経典パーリ語ノート』は、テキストと訳と注が付いているのでとても有り難い。そんな組織を作り上げたことに、まず、敬意を表する。
師は『般若心経は間違い?』(宝島新書、2007年)という本を出版した。上座仏教からすれば、お釈迦様の金口説法が経典なので、大乗経典は単なる物語だ。彼らの信奉する慈経を宣伝したいためか、般若心経をケチョンケチョンにけなす。インド流の論争術か。
般若心経にはこれが真実というメッセージもなく、このようにしなさいという般若波羅蜜の実践論もなく、向上への躾もない。作品として矛盾だらけで前後がつながっていないと酷評する。
主な相違は3点。
まず、釈迦生存時にはいなかった観音菩薩の存在を認めないし、菩薩が阿羅漢の舎利弗に説教するのはありえないとする。確かに、般若心経小本には、観音菩薩が発話したとはどこにも書いていない。一般には大本の解釈から観音菩薩の言と理解される。
玄侑宗久との共著『仏弟子の世間話』(サンガ、2007年)によると、「舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色云々」という経文は、「観音さんは頭の中で、お釈迦様がサーリプッタ尊者におっしゃった空の教えを思い出した」という引用だとする。
次に、空即是色はいいとして、色即是空はありえない、間違っているとする。「肉体は空である」は正しいが「空は肉体である」は間違い。「リンゴは果物」であるが「果物はリンゴである」は成り立たない。
この点が古来問題で、誰も彼も解釈が異なる。これは座禅の公案のようなもので、なんだこりゃという問いかけをして、はっと悟った人がいるのかもしれない。そんなことにとらわれてはいけないよと。あるいは、「私だけが真実を発見した」という謎解きの面白さ故に支持されているのか。空はダークマターだという物理学者もいる。
最後に真言。上座部でまじないは認めないので、これは原始人の宗教だという。しかし、宗教を信じない人でも困った時、危機に陥ると、おかーーさーん助けてーと叫ぶので、困った時の神頼み、救いの文句というのは誰でも欲しいものだ。
そのお母さんが仏母般若波羅蜜多菩薩ということなのだが。
細菌学者の般若心経
吉田眞一『細菌学者の般若心経と相即の知』(花乱社、2023年)という面白い本がある。「哲学する医師を育てる」という産業医科大学微生物学の教授を務めた後、九州大学に転じた方だ。西田哲学を学生時代から長く学んでいる。「絶対矛盾的自己同一」といわれるとびびってしまうが。
わたしも京都大学文学部哲学科出身なので、学生時代は西田幾多郎『善の研究』とか田邊元、西谷啓治、久松真一、上田閑照とか多少かじったが、硬くて消化できなかった。部活では久松真一創設の心茶会に入部し、岐阜の久松邸にお邪魔して短冊を頂戴したが、どこかへいってしまった。仙人のような方だった。
吉田はいう。「花が存在する」の主語述語を逆にいってみよう。「存在が花している」!?
妙に哲学的に聞こえるではないか。一つの存在がある時、花として表象されて目の前に映る。個々の存在があるのではなく、一続きの縫い目のない世界という意味での存在だ。
すると、自己と世界、主観と客観が溶けてなくなり主客が合一する。自己が空ぜられ、それが色即是空、空即是色だという。
科学では事物を切り分けていくけれど、ものごとには「異なっているけれど分けられない、一つであるけれど分けられない」ということがある。
光は粒子の性質と波の性質という矛盾する二つの性質を持つ。それを吉田は矛盾的相即的関係と呼ぶ。呼吸は吐く息と吸う息とからなっていて、その方向も役割も違うが一つで分けられない。心臓も心室が収縮する時、心房は弛緩し、心室が弛緩する時は心房が収縮するというように二つの働きが一体となって心臓として機能する。
井筒俊彦の『イスラーム哲学の原像』(岩波新書、1980年)では、空と色は同じということを、イブン・アラビーの神秘主義的哲学の「存在一性論」によって説明する。それは、
「観想によって開けてくる意識の形而上学的次元において、存在を窮極的一者として捉えた上で経験的世界のあらゆる存在者を一者の自己限定として確立する立場」
「この窮極的一者を存在と呼ぶ」
「実在の絶対的無分節が自己分節して、現象界が成立する」
「コトバの枠をはずすと、無分節の一つの世界が現れる。境目もない、名もなかったら、一つの世界。あるがままに見るということは、名前をつけずに見る、名前を呼ばずに見るということ」
犬や猫の見る世界、あるいは眼のないミミズの捉える世界だ。ミミズにあなたは誰ですかと聞いてみよう。生後間もない赤ちゃんは触覚や匂いから世界を認識し、やがて目や耳の機能と連携して事物を切り分けて世界像を形成する。自分の名前を認識するようになるのは生後何ヶ月だろうか。猫と犬の違いが分かるのは何歳くらいからだろうか。
この根本の一者を老子は「道」といい、名付けようがないので「無明」とも呼んだ。
これは吉田や井筒が言っていることではないが、中国に話を移すと太極図というのは陰と陽からなり、陰と陽は対立せず一つであって補い合い、絶えず流動し、混じり合って循環している。
ダライ・ラマの般若心経
チベットに入った般若心経は大本系である。ある時、釈尊が霊鷲山において大勢の比丘たちに囲まれてという序分があり、教えを広めましょう、大きな功徳があります云々と結びの言葉、流通分があるという経典の型を踏襲している。小本の足りないところを補っているので、後から付け足したと思われる。
ダライ・ラマは熱心に「空」を説く。般若心経は読むだけではだめだ、写経だけではいけない、空を理解しろと言い続ける。とはいえ、東日本大震災に際して、インド中のチベット寺院に般若心経の読誦を指示しているので、除災招福の機能を否定しているわけではない。
空とは縁起のことで何も存在しないといっているわけではない。そのもの自体の独立した実体はなく、他に依存して成立している現象を空と呼ぶ。
すべてのものは、その一つ一つを取り出して独立した客観的なものとして捉えることはできない、リアリティーは存在しないということで、量子論に通じるという。
ダライ・ラマの本として宮坂宥洪訳『ダライ・ラマ 般若心経入門』(春秋社、2004年)は、専門家によるとてもしっかりした本だが、その分硬い。茂木健一郎との対談も載った『空の智慧、科学のこころ』(集英社新書、2011年)は、新書版ということもあり読みやすい。
チベット語訳の経典はインド由来の正当性を示すため、チベット語の経題にサンスクリット語も併記され、それは「バガヴァティー・プラジュニャーパーラミター・フリダヤ」女尊バガヴァティーたる般若波羅蜜多、すなわち完成された智慧の心髄と訳される。世尊はバガヴァーンで、福持つもの、その女性形だ。漢訳では聖仏母ともいい、仏の母とされる。
フリダヤはここでは般若経の心髄と解釈されている。インド・アーリヤ語族の言葉と違って日本語と同じようにチベット語の名詞にはジェンダーの区別がない。プラジュニャーパーラミターという女性形が女神を示すという意識は弱いようだ。
全体の構図として、世尊が「深遠な悟り」という深い瞑想に入り、瞑想の力によって観音菩薩と舎利弗の対話をもたらしたと考えられている。菩薩は智慧による悟りの獲得に向けて精進する。
最後の「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スワーハー」については、宮坂宥洪の訳によると「行け、行け。越えて行け、悟りの土台に留まれ」である。マリア・リンチェンの訳によると「行け、行け、彼岸に行け、彼岸に正しく行け、悟りを成就せよ」
般若心経によって悟りに至る道
般若心経には悟りに至る修道論が込められている。京都精華大学の招きによって行われた講演も収録した来日講演集である、マリア・リンチェン訳『ダライ・ラマ智慧と慈悲』(春秋社、2000年)によると、ガテー以下の五句を、資糧道、加行道、見道、修道、無学道という五つの修行の道に当てはめる、チベット独自の解釈が示される。
煩悩を滅するためには五つの段階を経て達成できるとする。
1.資糧道、修行に必要な資糧を集める段階
2.加行道、見道には入るための準備の段階
3.見道、直接体験によって真理を見る段階
4.修道、直接体験で得た真理について瞑想し、心を馴染ませていく段階
5.無学道、これ以上学ぶことのない段階
冒頭のスマナサーラのいう「般若波羅蜜多による実践の道が示されていない」という解釈とは異なる。本文に込められているわけではなく、口伝により師から授かる教えということか、苦しみの止滅に至る実践道に関する真理、すなわち道諦が示されている。とはいえ、般若の悟りに至るのは大変そう。
日本における般若経の信仰
天変地異や飢饉が起きた時、あるいは疫病が蔓延した時、嵯峨天皇等自ら般若心経を書写して除災を祈った。
また、玄奘三蔵訳大般若経六百巻は、さすがに読むのも大変なので、転読といってパラパラとめくって般若の風で厄を祓うという法会が、今日でも盛んに行われている。
https://www.youtube.com/watch?v=__1SXi1AWbI
面白い風習として、江戸川区東葛西には雷の大般若祭というのがあり、二月末の日曜日に行われている。女装して大般若経六百巻を6人で担いで街を駆け巡るお祭りだ。江戸時代末にコレラが蔓延し、和尚等が女装して歩いたのが始まりとも、結核の妹の代わりに兄が長襦袢を着て女装し厄除けをしたともいう。
ここでは聖仏母般若波羅蜜多という意識はないだろうが、般若経+妹の力で厄除けするのが面白い。
河野亮仙 略歴
1953年生
1977年 京都大学文学部卒業(インド哲学史)
1979年~82年 バナーラス・ヒンドゥー大学文学部哲学科留学
1986年 大正大学文学部研究科博士課程後期単位取得満期退学
現在 天台宗延命寺住職、日本カバディ協会専務理事
専門 インド文化史、身体論
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