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2026年10月30日金曜日

天竺ブギウギ・ライト㉒/河野亮仙

第22回 天竺ブギウギ・ライト
デリー今昔
デリー今昔といってもオールドデリーの時代を知っている訳ではない。たかだか半世紀である。

1979年8月、バナーラス・ヒンドゥー大学に入学するためニューデリーに入った。その時泊まったジャンパット・ホテルは、もはやない。バナーラスのような田舎に住んでいるとデリーの中心街、コンノートプレイスは、銀座のようなあこがれの街だった。

ニルラ・ホテルというレストランが、サラダバーやアイスクリームのある都会のオアシスで、そこでスリーエッグ・オムレツを食べるのが楽しみだった。ニルラは引っ越して小さなスペースでピザ屋に変身していた。

日本人が入るとバンドがサクラサクラを演奏してくれたゲイロードももはやない。そこではアイスクリームのバタースコッチを食べた。
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近所のサラリーマンが昼食を食べに来るカケダ・ホテルは汚いまま健在だった。11時過ぎに行ってやっているかと思ったら準備中で、10人くらいの店員が忙しく働いていて入れなかった。

https://indiainfo-fair.com/connaught-place-new-delhi/

コンノートプレイスでよく行ったブックウォームという本屋もなかったが、少し外れたシャンカラ・マーケットのピカデリー・ブックストアはまだあった。さすがに、昔なじみの親父はもういない。

店はほとんど入れ替わっていて、ユニクロも含めた外資系が増えた。コンノートプレイスも地下のパリカバザールももはや斜陽で客は少ない。タミル・ナードゥのエンポリウムなど、神像ばかり置いてあって需要とマッチしていない。州政府のエンポリウムはどこもガラガラだ。

それも当たり前の話で、街中は殺人的な交通事情で道路を渡るのが命懸けだ。バイクが歩道を走っている。車は止まったかと思うとバックしてくる。信号が極端に少なく、赤信号でも車は突っ込んでくる。インド人の後について渡るよりほかない。

 

百年前の都市計画

デリーは百年前の馬車が走っていたような時代の都市計画なのでとっくに破綻している。十字路ではなく複雑な交差点にはあっちからこっちから車が殺到して接触事故は当たり前、どの車も傷だらけ。接触は事故ではないようだ。また、車間をバイクがすり抜け、お嬢さんがヘルメットを被らず後ろに乗っていたりするから本当に驚きだ。

およそ30年ぶりにインドを訪れたが、かつての国民車アンバサダーは1台も見なかった。スズキを中心にした小型車が多い。安価で高性能の車を製造したスズキの貢献度は大きいが、経済成長もあり、昔より3倍くらい車が増えて道路を埋め尽くし、どうしようもない状況だ。

地下鉄が出来たので縦横無尽に走っていた市バスは少なくなったが、地下鉄の路線は限られている。値段交渉をしなくてよいUBERの小型タクシーがすぐに呼べて安価で便利。プロパンガスで走っている車もあり、後ろに小さめのトランク2つが入らなかったのでご注意。

オートリキシャーは街の足として必要悪か。大気汚染の源であるが、相変わらず走っている。3人乗り?なのに何人も乗り込んでいる。郊外では人力車を見たので驚いた。

首都機能移転を考えているのかどうか知らないが、企業はデリーから逃げ出してグルガオンに移動しつつある。今や、こちらが銀座だが日程の都合で行けなかった。

コンノートプレイスの建物はおそらく80年経っていて老朽化している。地震もなければ空襲もなかったのでそのまま残っているが、もうぶちこわして都市計画を練って、全部建て直さないといけない時期に来ている。もしもし、モディさん考えてますか。

 

物価は?

今回、アショカツアーズが紹介してくれた、コンノートプレイス側のラリット・ホテルに5泊した。その間に2回雨が降ったから秋の椿事だ。それほど暑くないし、咳き込んだり目が痛くなるような大気汚染はなかった。

着いた日、ミネラルウォーターを買うのに近所の様子が分からないので、食事をしたホテルのレストランで買ったら300ルピー、500円程度。街のジェネラル・ストアでは1本20ルピーなので、インドの物価を語るのは難しい。博物館でもインド人と外国人の二重価格だ。

ファイブスター・ホテルでは日本の高級インド料理屋より高いが、そこに家族連れで食べに来ているのに驚く。おそらく、欧米に住んでいるインド人なのだろう。

デリーの街中のレストラン、スタバ、ハードロック・カフェでは、日本とそう変わらなく、やや安いくらい。やたら盛りがよく一人前が日本の1.5から2倍近いので食べ残してしまう。しかし、ユニクロでダウンジャケットを見たら関税が掛かるのか倍近い値段のような気がした。高級品だ。

インドでは何でも時間が掛かるが、スタバでバリスタの入れるプレミア・コーヒーが出てくるまで30分も待ったのは驚いた。急ぐ旅ではないのだが、どこへ行っても皆さん客をさておいて、おしゃべりを楽しみながら仕事している。

銀行で両替をするのにも書類を書いていて3回もサインを求められた。官僚的非効率的な仕事の仕方が残っている一方、デジタル化が進んでいるところもある。昔の時間と未来の時間が共存している。 

 
河野亮仙 略歴
1953年生
1977年 京都大学文学部卒業(インド哲学史)
1979年~82年 バナーラス・ヒンドゥー大学文学部哲学科留学
1986年 大正大学文学部研究科博士課程後期単位取得満期退学
現在 天台宗延命寺住職、日本カバディ協会専務理事
専門 インド文化史、身体論 

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